http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/おもしろうてやがて草蔭の夢のあと
―――家族がプールで遊ぶのを眺めながら、暑さとビールでやがてまどろみ、少し眠ったようだった。
「オニイサン、ただいま」眠気マナコで半開きすると、陽だまりに包まれたYとOの姿があった。
「オニイサン、昨日、『ここですぐに溺れるネズミがいるから気をつけて』って言ってたけど、ネズミなんてどこにもいなかったよ」
東京の下町育ちのYと草加育ちのOにしては、随分イントネーションが違うな、と朧ながら思いつつ、目も意識も回復すると、私の側にいた声の主はTとAだった。
マサイ・マラ二日目の、もうすっかり、私が景色の一部になりつつあったプールサイドであった。
TとAは名古屋出身で赤十字病院に勤務する看護士の同僚だ。
ナイロビでのグループ分けの後、たった二人してタンザニアへ向かったのが彼女たちである。
二人はナイロビからナマンガへ南下し、ナマンガの町からタンザニアへと国境を渡り、アルーシャへ。
アルーシャの町は、アンボセリを見下ろすあのキリマンジャロ登山ルートの基点の町として有名だ。
外国人などのキリマンジャロ登山は、ほぼこのタンザニアルートしか許可されていない。
彼女たちの話しに戻そう。
ケニアとタンザニア国境のアルーシャ国立公園からマニヤラ湖国立公園、そしてクレーターのなかの
自然公園として有名なンゴロンゴロ自然保護区、これらを一気に駆け巡り、再びナマンガを越えてケニアに入り、アンボセリ、マサイ・マラと巡ってきたそうだ。
私たちとここで落ち合うのが不思議なくらい、すごい強行軍だ。
現在、ケニアからタンザニアへ向かうには、陸路のみで、ツァボからモシ、ナマンガからアリューシャ、
などのルートのみで、残念ながら両国を跨ぎ、サファリの心臓部ともいえるセレンゲッティ国立公園とマサイ・マラ保護区のルートは今もって封鎖されたままだ。
しかし、そんなことはお構いなしに、セレンゲッティとマサイ・マラ国境を定期的に往復移動を繰り返す一団がいる。